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あなたと出会わなかったら・・・(6)


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 「はぁ?抱きしめられた?」

 電話口から聞こえてくる、美紀の声。

「どして?」
「どして?って・・・、成り行き上、かなぁ?」
「成り行きってあんた・・・。どうしたのよ、それ」

 家に帰って、ご飯を食べてからすぐに、美紀の家に電話を掛けた。


 電話口で、美紀は大げさなため息を吐いた。


「何があったのよ。っていうか、前言ってたことと、辻褄があってないってこと、わかってる?」
 

 わかってるよ。それくらい。


「・・・うん。ごめん」

 ミキが、黙り込んだ。私は、何だか取り残されたような気分になった。


「別に、謝んなくてもいいよ。ねぇ、真央。真央はちょっと、うじうじしすぎだよ。何があったのかなんて知んないけどさ、それじゃあ、勇気が可哀相だよ」

「うん。そうだよね」

「ああ、もう。まあいいや。なんか、もうどーでも。あたし、疲れたから切るね。また明日、学校でね」

「・・・うん。ばいばい」

「ばいばい」

 そう言って、美紀は電話を切った。

 私は、つーつーという音を耳に押し付けたままだった。

 この音が、消えてしまえば良いのに。意味も無いのに、そんなことを考えてしまっていた。


 ああ、どうして私は、こんなにも弱いのだろう。
 うじうじと悩むようなことじゃないのに、
 どうしても、考えることを止められない。
 あのとき、彼の背中を見送ったときに感じた不安も、
 何度も、何度も、否定しようとしているのに、
 やっぱり、なんか無理だ。


 私は、ベッドに倒れこんだ。ぱしゅっと、空気の抜ける音。


 私は、このとき何も知らなかった。


 あのとき感じた不安の意味も、
 これから私に降りかかる、悲しすぎる現実も、
 何も、何も。

 あなたと出会わなかったら・・・

*     *



「待ってよ!勇気!」
「もうすぐだよ、真央。ほら、天辺だ!」

 耳元で、あの頃の懐かしい彼の声がしていた。
 ああ、夢だな。悲しいくらいに、すぐにわかった。
 今よりずっと、視界が低いよ。彼の背も、私の背も。


 これは、まだ私が、彼の背を抜かす前の頃の、夢なんだ。

「もう、勇気!早いって言ってるじゃん。ちょっとくらい、待ってよ」
「ごめん、真央。でもさ・・・」

 彼は、私の手を引いて、その場所まで、連れて行った。

「真央に見て欲しかったんだ」

 彼が指差した、広がっていく視界の先に、それはあった。
 

私は、息を呑んだ。



 遠くのほうに、小学校が見えた。
 私の家も、勇気の家も。
 私の通った幼稚園も、
 懐かしい場所が、全部、赤く染まっていた。


 今、唐突に、思い出していた。
 彼が、そこに連れて行ってくれたこと。


 あの、美しすぎた、夕焼けも、全部。

「すごい!すごいね、勇気」

「だろ?」

 なんだって彼は、そんなにも、潔く笑うことができるのだろうか。

 夢の中の彼は、私の記憶からすっぽりと出てきたかのように、くっきりとした輪郭だった。


「ねぇ、勇気!ここを、あたしたちの秘密の基地にしようよ」
「秘密の基地?」
「うん。そうだよ」


 幼い頃の私は、日に焼けていて、真っ黒で、それでも、ああ、やっぱり私だな。


「うん。いいな、それ。秘密基地」
「なんか、わくわくするよね」

 彼は、笑っていた。私も、笑っていた。

 それから私たちは、夕陽が落ちるのを、ずっと眺めていた。
 手をつないで、寄り添いあって。

 二つ並んだ影法師が、くっきりと、地面の上に刻まれていくのを、眺めていた。

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by sinsekaiheto | 2007-02-08 12:35