VSレトルトカレー  のち小説


 こんばんは、HOMAです。

 昔はここに少年をくっつけてHOMA少年、と名乗っていたのですが、ふと少年と名乗るのもおこがましいかと思い、自制している今日この頃です。

 さて、今日の昼飯の話。

 
 父がレトルトカレーを毎日のように空を尻目に、自分は黙々と他他のご飯を食べる日々が続いています。日に日に、レトルトカレーを食いたいという欲望は高まっていきます。そして、ついに記念すべき今日のこの日に、その欲望はかなえられたのです。


 テスト前よって、早めに家に帰ってくる。今日のこの日を私は待っていた。おもむろに床下貯蔵庫からレトルトカレーの箱を取り出し、味を確認する。「甘口、うむ。いける」実はこれが一番重要な作業であった。

 次に片手なべにどぼどぼとおゆーを注ぎいれる。ここでHOMAは欲張ってたっぷりとおゆーを注いでしまった。気にしなかったことにして、火にかける。人間、思い切りが大切である。



 さぁ、沸騰、というところで潔くどぼんとレトルトカレーの銀の包みをおゆーの中に送り出す。ここでなみだを呑んではいけない。ためらってもいけない。すべてはスピードが重要なのだ。


 ぐつぐつとあぶくが少しずつカレーを温めていきます。時間も忘れて、そのすばらしい気泡に見とれます。


 さて、私が使っている片手なべは小さくて、このままでは上の方が温まらない、と判断したHOMAはおもむろに箸を取り出した。そして、ぐいぐいぐいと可愛いわが子をおゆーの中に沈めていく。許せ。


 その時だった。突如として起こった火山噴火のように、ぶくぶくと水が膨れ上がって、片手なべの外へと溢れ出したのだ。あたふたするHOMA。ええい、しずまれーい。しずまれーい。しかし一向に収まらない。火力を弱くしてもどうしようもない。うんぬ。これはたたりなのか。はたまた可愛いわが子を虐待した私に当たった罰なのか。溢れ出した水はジュワジュワと音を上げて蒸発し、煙に変わって立ち上っていく。


 あ、そうだ。


 ここで画期的なことを思いついたHOMA。

 おゆーだ。おゆーを捨てればいいんだ。



 とぼぼぼおぼぼぼ


 かくして、HOMAVSレトルトカレー、だいして、辛カレーの乱は鎮められた。めでたしめでたし。


 

 くだらないことを書いてしまった。次からは小説です。↓



 『壊れ物の季節


 
 
 気がつくと、いつも彼を目で追っている。

 受験が近づくにつれて少しずつ落ち着きを取り戻しつつあった三年五組の教室の窓際の席から、ぼんやりと見つめていた、彼の背中。進まないノート。教師に指名されて初めて、もう二十分も授業に取り残されていたことに気がついた私が、「すみません、聞いてませんでした」と答えると、教師は教室中を見渡して、机に突っ伏し眠っているもののあまりの多さを嘆き始めた。私は再びシャープペンシルを握りなおして、黙々と黒板の文字をノートに写し取った。中学三年の、夏の終わりだった。クーラーのない蒸し風呂のような教室の中に、時々思い出したかのように、セミの声がじわりじわりと聞こえていた。

 チャイムの音が鳴って、教師が教室を立ち去ると、そこにはいつもの喧騒が舞い戻ってくる。私は乱雑に並べられた机の間を縫って、二人の少女が立ち話をしているところまでたどり着いた。雪穂と紗江。二人は私の親友だった。

「ねぇ、沙由。あたし昨日の塾のテスト散々だったよ」
「あ、紗江も?あたしもだよ。社会が全然」
「沙由はいいよ。どれもまあまあできるんだし。ね、雪穂」
「でも、紗江だって、社会と理科得意じゃん」
「駄目駄目、あんなの。学校の試験のときだけじゃん。実力が伴ってないんだよ」

 そこまで言うと、雪穂ははぁっと息をはいた。

「ああ、もう。受験ってしんどい。勉強はしないといけないし、休み時間も模試だテストだって話でつまんないし。ねぇ、たまには男の子の話でもして、わーキャー言って盛り上がりたいよ」
「あ、そういえば紗江、この前告られたって言ってた二つ上の先輩とはどうなったの?」
「どうもこうもないよ、あんな奴。ねぇ、信じられる?初めてのデートでいきなりキスしようとするから、腹に一発蹴りいれて、それっきりよ」
「うわぁー、紗江、女の子が蹴りいれるなんて、駄目だよ」
「ねぇ、そっちのほうが信じられないよ」
「何それ。あのね、上品に生きて至って、結局は損するだけなんだからね。二人とも大阪のおばちゃんを見習いなよ」

 紗江の無茶苦茶な言葉に、私達は苦笑を浮かべていた。

「そんなことより、沙由はどうなのよ。気になる人の一人や二人、いないの?」

 突然話の矛先がこちらに向いて、私は自らの動揺を悟られないように、きわめて自然な作り物の笑顔を貼り付けた。「いない、いない」と首を振ると、さっきまで見ていた彼の背中をまた頭の中で見たような気がして、二人に気取られてはいけない、と思って少し俯き加減に下を向いた。

「あやしい」
「あやしい、あやしい」
「絶対になんかあるよね、これは」
「うん。あるある」
「だから、何もないってば」

 私が二人をどうあしらおうかと考えていると、ちょうどよいタイミングでチャイムが鳴った。「あ」「あーあ、残念」と唇を尖らせる二人に向かって、にっこり「ばいばい」と手を振って席に戻った。席に座って、外から戻ってきた彼の姿を見つけると、何だか感情に酔ったような心地がして、思わず何もかも話してしまいたいような衝動が私を襲った。でも、この思いはやはり誰にも知られずに守っていたい、という背反する思いが私の中には存在していて、私にはどうして良いのかもわからなかった。

 そもそも、これが果たして恋などという類のものなのかも、私には判然としなかった。「恋」だなんて言ってしまってから、実はそれは何かの間違いでした、なんてことになったら、それはあまりにも、そうあまりにも情けなさ過ぎることだから。

 教師がやってきて、またぼんやりと過ぎる私の五十分が始まる。

 私は、彼の背中に目をやった。

 吉村浩平。半年間同じクラスで一度も口を利いたことがなく、あの頃の私が一番話をしたいと思っていた、男の子だった。









 ゆっくりと過ぎる季節に、もう充分すぎるくらいうんざりしていたところだった。

 羽須美さんの家のソファーに腰掛けて、ゆっくりと右から左へ流れて行く雲なんかを見ていると、のろのろとしか動いてくれない季節に対して、ちょっとした苛立ちを感じ始めた。もう九月になったというのに、少しも下がる気配のない天気予報の最高気温も、鳴きやんでくれないセミ達の声も。秋になれば、と無意識にそう願っているもう一人の自分がいて、そのもう一人の私に任せてさえおけば万事が上手くいくような気がして、だから私はのろのろと動く雲を眺めては早く過ぎてくれないだろうか、とそっと息を吐き出す日々を送っている。

 季節が、もっと早く過ぎてしまえば良いと思う。でも、その反面、このまま一年が過ぎてしまえば、もう彼と話すチャンスもなくなってしまうとわかっていて、その事実は私の心を苦しめた。このまま、一度も話をすることもなく、卒業式を迎えてしまうのか、と思えば、身を裂くような焦りに駆られる。ワンセンテンツ、いや、たった一言だけで良い。たった一言彼に声をかけるというそれだけが、どんな難関私立高校に合格するよりも困難なことに、思えていた。

「沙由ちゃん、ジャスミンティー入ったよ。お茶にしようか」

 キッチンのほうから羽須美さんの声がして、いつも通りリビングへ向かうと、湯気の立つティーカップが二つと、綺麗に切り分けられたショートケーキが二皿、テーブルの上においてあった。羽須美さんがCDプレイヤーの再生ボタンを押して、優雅なクラシックの音楽が流れ出した。

「ほら、あそこの角を曲がったところに、風味堂っていうケーキ屋さんあるでしょ。今日は久しぶりにあそこでケーキかってみたんだけど」
「へー、風味堂かぁ。おいしそう。いただきます」

 苺の部分をさっくりと切って、口に運ぶ。クリームの甘味とイチゴの酸味とが混ざり合って、ケーキはとても美味しかった。ジャスミンティーも本格的で、独特の風味をかもし出している。

「どう、沙由ちゃん。受験勉強ははかどってる?」
「うん。・・・がつんがつんに煮詰まってるよ」
「はは、そうなんだ、駄目じゃん全然」

 初美さんはからっとした笑顔を浮かべて、私を見た。ああ、いいなぁ、とその笑顔を見る度に私は思う。こんな風な笑い方で、自然な笑みを身につけることができたなら、私だってもう少しくらいスマートに生きることができるのに、と。いつの日からか、羽須美さんは私の憧れの人になっていた。一人暮らし、大学二年生。こんな風な聡明で美しい女になりたい、と私はずっと憧れを抱いていたのだった。

 いとこなのに、血だっていくらかは繋がっているはずなのに、彼女と私の違いといったら月とすっぽんで、羽須美さんのようになりたかった。蝶にあこがれる芋虫のように、ずっとそう思っていた。

「一学期のテスト成績悪かったから、私あんまり内申もよくないんだ」
「うーん、でもまだこれからだよ。本当の勝負はここからなんだから。気を抜いちゃ駄目だよ」
「うん・それはわかってるんだけど、でも、なんかすごく疲れる。プレッシャーがすごく重くて、もう押しつぶされちゃいそう」
「ふうん、大変だねぇー。受験生ってのは」
「あ、羽須美姉ちゃん、人事だと思って」

 私がふくれて口を尖らせると、羽須美さんはおかしそうにけらけら笑った。

「じゃあさ、人事ついでに、一ついいかな?」
「何?」
「確かに今は辛いと思うよ。親も先生も勉強勉強って、うるさいだろうしね。でも、それで全部投げ出しちゃったら、駄目だよ。後から後悔しても、遅いからね。あのとき、ああしておいて本当によかったな、って思うぐらい頑張ってみな。、話はまず、そこからだよ」
「・・・うん。それはわかるけど」
「だーいじょうぶだって、沙由ちゃんならさ。なんとかなるなる」

 根拠も何もないというのに、羽須美さんの言葉を聞いてるうちに、本当に何とかなりそうな気がしてきて、我ながら調子のいい奴だ、とジャスミンティーを口にしながら、呆れていた。

「あー、でも、受験か。いいなぁ、懐かしいな。友達と成績見せ合ったりするんでしょ。ああ、そういうのって、なんだが青春って感じだよね」

 何気なく羽須美さんの漏らした一言が理解できなくて、私が頭にクエスチョンマークを浮かべて羽須美さんの顔を見ていると、

「ま、沙由ちゃんにはわかんないと思うけどね。中学生の頃の私なんて、パッとしない生徒だったから、自慢できることって言えば勉強くらいなものだったしね。だから、そんな風に思い出したりするんだろうけど」
「え?羽須美姉ちゃんってパッとしない生徒だったの?嘘だぁ!」
「何言ってんのよ。嘘ついてもしょうがないでしょ。私をなんだと思ってるのかねぇ、この子は」

 羽須美さんは私のほうを見て、あきれた風な表情を見せた。

 羽須美さんがパッとしない生徒だったなんて、俄かには信じられなくて、そういえば羽須美さんの中学生時代の頃の話はあんまり聞いたことがないということに、私は気付いた。羽須美さんにも、私と同じ中学生だった時代がちゃんとあったのだ、という当たり前の事実が今さら押し寄せてきて、どういう青春時代を送ったのだろう、と私は思った。

「ねぇ、羽須美さん。羽須美さんは、中学のとき、恋とかしてた?」

 ふと気になって、そう尋ねた。「え、なんか唐突だなぁ」と羽須美さんは目を丸くした。

「そりゃあね、恋ぐらいするわよ、私だって」

 髪をさらりと掻き揚げる仕草を羽須美さんが見せて、なんだか女の私でも、ドキッとしてしまった。

「ど、どんな恋だったの?」
「うーん、どんなって言われてもなぁ。地味なつまんない恋だったよ。しゃべったこともなかった男のこのことを好きになってね。それで、ずっと遠くからその人の背中ばっかり眺めてた。うん、取り立てて騒ぐほどのこともない、平凡な恋だったよ」
「喋ったこともない、男の子に?」
「そうよ。何でだろうね。クラスの人気者だったとか、ものすごくハンサムだったとか、そういうわけじゃなかったのに、初めは、ただなんとなくで好きになった」

 今、羽須美さんはその男の子の背中を思い出しているのかもしれない、と私は思った。そして私も、彼の背中を頭の中に描いていた。羽須美さんが私と同じような恋をしていた、ということも驚きだったが、私にはそれから先、二人がどうなったのかということのほうが気になっていた。

「それで、その後どうなったの?」
「別に、何もなかったよ。パッとしない生徒だったって言ったでしょ。自分から話しかける勇気なんて、とてもね、持てなかったわよ」
「本当に?」
「ほんとうに」
「なんだ、つまんないの」

 できるだけ、不自然になってしまわぬように、上手に笑えたと思う。「ま、そんなもんじゃないかな、中学生の恋なんて」と羽須美さんはあっさりとした口調で言った。

「あ、でもそう言えば、卒業式の日にね、ずっと好きでした、第二ボタンください、って頭下げてね。その時の第二ボタン、まだどこかに残ってるんじゃないかな」
「へぇー、いいなぁ。第二ボタンか?」
「何々。沙由ちゃんも第二ボタンがほしい人いるんだ」
「うーん、どうかなぁ。まだわかんないけど。・・・うん、でも、もらおっかな」

 私はそういって、お皿の中に残っていたケーキの一欠けらを口の中に放り込んで、「ご馳走様でした」と手を合わせた。

「ふーん。恋してるんだ」
「え、やだ、羽須美さん。そんなんじゃないよ」

 羽須美さんが余りにさらっとその言葉を口にしたので、思わず私のほうが赤くなってしまっていた。

「ふーん、違うんだ」
「そうだよ。ただ、なんとなく、気になるだけで・・・」

 修学旅行の夜の打ち明け話でも、ちゃんと自信を持って答えることができないくらいの、そんな淡い感情なのだけど。

「そっか、でもね、人はそれを、多分恋っていうんだろうね」

 羽須美さんが何気なく呟いたその一言に私は「うん」と頷けずにいた。もし、それが恋だとしたら、いったい私には何ができるのだろう。そっと、遠くから眺めているだけでは、駄目なのだろうか。卒業式の日に第二ボタンを、もらうなんて芸当は、とてもじゃないができないと思った。

「でも、まぁ、後悔だけはしちゃいけなよ」

 まるで口癖のように、何かにつけて彼女はその言葉を繰り返した。でも、このままいったら間違いなく後悔することになるのだろう、と私は思う。それでも、何か良い方法が思い浮かぶわけでもなく、ただ黙って首を縦に振っただけだった。
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by sinsekaiheto | 2007-12-04 14:04 | 日記