2007年 02月 05日 ( 1 )

あなたと出会わなかったら・・・(4)



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 いつからだろう。ただ仲の良い幼馴染だったのに、いつからか彼を恋愛の対象としてみ
るようになった。

 だから何かが変わった、というわけじゃないけれど、

 彼が離れていった今となっては、ただそれだけのことなのに、
 
 とても苦しく、すごくさびしい。

 子どもの頃は私のほうが高かった背も、中学校に上がると抜かされた。

 声変わりで低くなった彼の声も、勝てなくなった喧嘩も。

 ああ、私は「女」で、彼は「男」なんだ。

 そんなふうに感じたあの頃に、今の気持ちは少しだけ、似ているような気がしてくる。



 私は、いつものように彼の部屋のベッドで寝転がって、彼の漫画を読んでいた。

 彼は、明日の漢字テストの勉強をしている。

 蛍光灯に照らされたその横顔は、私の目に凛々しく映った。

「なあ、真央」
「ん?」
「花言葉って、知ってる?」


 突然彼がそんなことを聞いた。

「花言葉・・・?」

「そう。花言葉」

 彼の瞳は、しっとりと濡れていた。

「あんまり知らない。ちっちゃい頃にお母さんに無理やり覚えさせられたけど、もう覚えてないや」

「そうなんだ」

 彼は持っていたシャーペンを手の上でくるくると器用に回し、残念そうに言った。

「でも、どうして?」
「さあ、どうしてでしょう」



 子どもの頃に二人でやったなぞなぞ遊びのように、彼は言った。立ち上がって、ベランダのガラス戸をからから開けた。

「あ、カーネイション」
 


 ベランダのガラス戸のところに、ちょこんとその花は置かれていた。彼はしゃがみ込んで、月の光にうっすらと照らされたカーネイションの葉を撫でた。好きな花、なのかなぁ。私は彼のところまで歩いていって、ガラス戸の淵にもたれかかった。

「この花、知ってる?」
 
 私のほうは見ずに彼は言った。

「うん。知ってる。・・・好きな花だから」
「そっか」

 彼の表情までは見えなかったけど、多分笑っているんだろうな。何だか相槌を打つ声が、嬉しそうに聞こえたのだ。

 

 家に帰った私は、子どもの頃にお母さんにもらった便箋を机の奥から引っ張り出した。
 ページが季節と対応していて、その季節の花の花言葉が一枚に一つずつ書いてあるのだ。
 あの日から、何度も何度もめくったページに、私はもう一度、目を落とす。
 これが最後だからね、と自分に言い聞かせながら。

 あの花の花言葉がかいてある。
 彼が私に伝えたかったこと。私は結局気付いてあげることができなかった。
 便箋に描かれた花と小さな文字が、私の目の前で頼りなく揺れた。
 泣きじゃくることには、もう慣れた。

 

 でも、この胸の中にあなたがいないことだけは、どうしても、耐えれそうにない。


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by sinsekaiheto | 2007-02-05 19:00