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小学生時代の思い出(4)


 ついに小学生時代回想記も第四回を迎えた。最終回である。(勝手に命名)。


 さて、小学六年生になった私であるが、ここで新しい担任の先生が華々しく登場する。前回の更新で予告しておいた、あの伝説の先生である。


 彼女、K西先生は実に体育会的な先生であった。


 いやはや、横幅が実に広い。その広さたるや、ギネスにも登録されてしまいそうだ。(嘘である)

 K西先生は次々と新しい改革を実行し、腐りきった5年一組を、輝かしい6年一組へと、変身させていったのだ。(なんか違う)


 けれど、五年と六年では大きな進歩があった。授業中に教室から脱走するものが少なくなったのだ。(これでも、まだ完全にいなくなったわけではない。生徒と教師のいたちごっこは続いている)

 
 また、休み時間や体育の時間を使って、次々と新しい遊びを考案しては、生徒たちを負傷させたもとい、夢中にさせた。


 中でも印象的だったのが「大根抜き」とか言うゲームで、とにかく痛かったことを覚えている。確か十人ぐらいで固まって腕を組んで、犯人役のひとが、そこから一人ひとり引っこ抜いていくとか言うゲームだった気がするが、思い出すだけでも寒気がする。


 そんなこんなで、私の小学六年生の一年間は幕を開いた。クラスの中は相変わらずぐちゃぐちゃだったが、そんななかでも唯一すごしやすかった時間が、休み時間でやった将棋と大富豪であった。


 はじめ、先生が持ってきた将棋版で将棋を楽しんでいた。二人がさして、回りのみんなが勝負の行方を息を殺してのぞく、という伝統的なパターン(?)。アドバイス厳禁。破ったものには、血の制裁が待っていた。(いや、本当に)


 けれど、いつのひかその将棋版は私たちにクラスから姿を消した。先生が家へと持ち帰ったのだ。いけずー、いけずー。あんたなんか、嫌いだー。


 そして、将棋版と入れ替わり、私たちの心を支配したのが、大富豪だった。


 これはクラスの男子全員で楽しめるから、実に好評だった。


 中でも好評だったのが「かまと婆」だ。


 なんてことはない。そのトランプはトトロのトランプで、ジョーカーの柄が「かまと婆」だっただけである。


 かくして、私のクラスでは空前絶後の「かまと婆」ブームが始まる。


 毎日毎日、大富豪をしたせいで、そのトランプはぼろぼろになり、「かまと婆」は実に風格をかもし出していた。さすがはジョーカー。



 そんなこんなで、卒業までこぎつける。だから私の小学六年生の思い出といえば「将棋」と「かまと婆」なのだ。



 

 次回からは「中学生時代の思い出」を語りたいと思う。これは6回ぐらいまであるのだろうか。はてさて、どうなるのやら。
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by sinsekaiheto | 2007-09-26 12:55

小学生時代の思い出(3)


 小学五年生になった。この頃から自我というものが目覚めてくるはずなのに、まったく何も覚えていない。記憶のページをいくら手繰っても、どこまでも真っ白な風景が続いている。

 唯一つ、覚えていることがある。それは、クラス替えのことだった。前回に書いた、小学校四年生の頃の担任の先生の洗脳のおかげで、私はすっかり四年二組っ子(そんな言葉があれば、だが)になっていて、当然のように、クラス替えなんてなければいい、と思っていた。いまでも強く記憶しているくらいだから、その当時は本当に、そう思っていたのだろう。I先生の洗脳、恐るべし・・・。

 私の小学校では三年時と五年時との二回、クラス替えが行われた。始業式の後の体育館に集まって、担任の先生がそれぞれ自分のクラスの生徒の名前を呼ぶという形式で、それは行われた。私は隣にいた同じクラスだったMちゃんと「また同じクラスになれたらいいなぁ」とか「今度のクラスも仲良かったら良いけど」とか実に平和なことを考えていた。(幸いなことに、その子とは同じクラスになる。まあ、五年の途中で転校してしまうのだけど)

 さて、このときの私のクラスの担任がS先生といって、皆さんにザビエルという愛称で親しまれていた。(嘘だ。親しまれてなどいなかった)そんな先生を迎えての、初めての学級会。もちろん、その先生の頭のてっぺんは、実に存在感が薄かった。(ぼかして書いているが、カタカナの「は」から始まって「け」にてんてんで終わる奴である)

 初めにも書いたが、小学五年生である。私の頭の記憶のアルバムには、一切この頃の記憶がない。まったくない。一つもない。見事に何も思い出せない。

 S先生の記憶も、いやなものしか残っていない。確か、プール掃除を命ぜられて、私が渋っていたときの記憶だろうが、「君のお姉さんは、快く引き受けてくれたけどな」と嫌味を言われた。実に心の中にいやな記憶として刻まれている。もう、どっか行ってしまってください、といった感じだ。私は、もちろん姉とは別の生命体なのだ。なぜそのことがわからないのだろうか、ザビエルは。

 さて、まったくこの頃のことを覚えていない私だが、その後、高校生になった頃に、小学五年生の頃の話が食卓の話題に昇って、大いに驚いた。その内容はこうだ。

 私のクラスは、その当時相当に素行が悪かったらしい。いわゆる学級崩壊という奴である。授業中にかんしゃくを起こして家に帰ってしまう生徒。それを追いかけて教室からいなくなるザビエル。教室は蜂の巣を突付いたような騒々しさで、あちこちで毎日のように喧嘩があった。小学四年生の頃とは大違いである。そう、よく考えてみれば、確かにこの状況を裏付けるようなことがあった。私のクラスだけ、なぜか授業中に先生が三人もいたりして(教壇に立つ先生一名、他二名)いつも生徒の行動に目を光らせていたり、国語の授業をなぜか家庭科の先生が受け持ったり、と。授業中に先生と生徒の本気鬼ごっこが見られるのも、このクラス特有の光景だろう。終いにはグラウンドに出て、五十メートル走をやっていた。ザビエルは中年の先生だというのに、なかなか足が速かった。

 そんなこんなで、私の小学五年生は過ぎていった。たまに、小学校の学級崩壊なんかを耳にすると、「ああ、いやな時代になったものだな。でも、ボクのときは何もなくてよかった」なんてほっとして。はい、ただの馬鹿です。どれだけ私はボーとした生徒だったのだろう。

 まあ、無事に小学五年生を乗り越えて、次はとうとう最終学年である。伝説の先生が登場します。では、また次回。
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by sinsekaiheto | 2007-09-23 05:46

小学生時代の思い出(2)


 いささか飛んだ嫌いはあるが、ここからまた小学生時代の思い出を語ろうと思う。


 前回小学校三年生まで書いたので、今日は四年生から。


 四年生の担任がI先生だった。

 なかなかのベテランで、海外にも何度も行っているという、まあそんな先生だった。

 さて、その先生が一番初めのHR(まあ小学校のときだから、終わりの会とかかな、始業式の後にあったやつ)で話を始めたのだけれど、普通10分ぐらいで終わるものなのに、なんとその人は一時間ノンストップで話し続けた。そしてそのあとに作文用紙を配って、「小学校四年生になっての豊富」なんていう作文を書かされた。

 前述の件で、「やばい、この先生には逆らわないでおこう」と思った私はその作文に、「先生が担任になったので、授業がスムーズかつわかりやすく進むと思う」なんてことを書いたような気がする。なんて生徒だ。(その作文をよんで爆笑していたのが、私の母だ。なんて親だ)


 次に、その先生が行った試み、というのが毎日の日記帳だった。小学生一年生がやるような、「先生あのね」とかそんなしょぼいものではなく、毎日ノート1ページは書いてくるように、とかいう、そんな感じの試みである。さらに、その日記の出来で評価がAとBとに分かれAとったらポイントがたまって、そのポイントをマックスまでためたら、先生が海外で買ってきたというシールをもらえるという景品つき(今となってはなぜそんなもののために、あれだけの人数の生徒が日記帳にはまり込んでいたのかが、まったくわからない)

 しかも、日記を一週間サボると先生に呼び出されて、がみがみとしかられた。


 そのほかに、その先生はクラスの仲を良くしようと、全員にあだ名をつけてみたり、授業中に分けられた班で班遊びなるものを提唱した。もううっとうしいことこの上ない。


 まあ、いろいろあったが、そのときのクラスの仲は、そんなに悪くなかった。先生のもくろみ通り班遊び以外にも、いろいろとみんなで集まって、一時期などはクラスの半分以上の人が、一つの公園に集まって、遊んでいたときもあったぐらいだから。


 そんな光景は今となっては珍しいことだろうと思う。そういう子供時代はとても大切だと思うし、TVゲームばかりやって過ぎる青春時代というのも、何か味気ないような気がしてしまう。


 人それぞれだけれども、まあ、子供は外で日が暮れるまで遊びまわる、これが一番だと思う。

 と、なんか最後のほうは思い出とは違うものになってしまったが、まあこれでも良いかな。
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by sinsekaiheto | 2007-09-07 13:05

不器用な恋の終わりに(6)


 続き・・・

 
「記憶が?」

 少女は呟いた。

「そう。記憶が、ないの」

 夏美は驚いて、彼女の顔をまじまじと見つめていた。

「目が覚めると真っ白だった。自分の名前も、家族の名前も何も思い出せなくて、必死に何かを思い出そうとしたら、頭の奥がズキズキいたんで、それ以上、なにも考えられなかったの。
 暫くしてから、私と同じ顔の女の子がやってきて、言ったの。あなたの名前は、瑞希だ、って。彼女は、私の双子の妹だった」

 少女は夏美のベッドの上に腰掛けていた。頭に巻いた包帯も取れて、明日で退院、というときだった。

「どうして?」
「え?」
「なんで、記憶喪失なんかに、なったの?」

 尋ねてみてから、そう尋ねることのおろかさに、はっと気付いた。

「さぁ、交通事故にあった、て聞かされたけど、ホントのところ、それも全然覚えてないんだよね」

 彼女はいつもの彼女自身のやり方で、つかみ所のないふわりとした微笑を浮かべていた。それは多分、彼女の中には救いようのない虚無感が横たわっていて、それを彼女自身持て余していることの証拠か何かのように、夏美は思った。

 記憶がない、というのはいったいどのような感じなのだろう、と窓の外ばかり見て、随分と小さくなってしまった少女の背中をぼんやり眺めて、夏美は思った。この子は、こんなにも美しいというのに、こんなにも儚げで、こんなにも傷ついているのだ。ずるいと思った。少しくらい、その傷のうちの一つくらいなら、分けてくれても良いではないか、と。そうしたら、私だって、ちょっとくらいは綺麗に見える筈なのに。

 何を考えているのだろうか、私は。人の不幸をうらやましく思っているだなんて。夏美は呆れた。不幸なら、私一人でもう充分にもてあましているというのに。

「時々、お見舞いに来てくれる男の子がいてね。その子はね、私が前までの瑞希じゃないって事を知って、苦しそうな顔してた。自分と、私との思い出を必死で話してくれたけど、一つも、私の心の中に響いてくるものは、なかった。
 私にはね、心がないの。ここの、この辺にぽっかりと大きい穴が開いてるみたいに。思い出と一緒に、自分の心もなくしちゃったんだ」
 
 ここ、と呟いて、彼女は自分の胸の辺りを指差した。

「本当はあるはずなんだよ。お母さんの子守唄、とか抱っこされたときの感覚とか。でも思い出せないの。私はお母さんと手をつないだこともなかったのかな。お父さんにおんぶされたこととか、友達と遊んだこととか、言い争って、喧嘩したこととか、なかったのかな。ちゃんと知りたいよ、そういうこと」

 そして、少女は夏美のほうを真っ直ぐに見て、言うのだ。

「私、誰かを好きになったことって、あるのかな。ねぇ、夏美ちゃんは、誰かを好きになったことって、ある?」
「私は・・・」

 夏美は、言い淀んだ。恋。そう、それが果たして恋などと呼ばれる類のものなのか、と夏美はいつも考えてしまう。思えば、不器用な恋だった。自分を苦しめていくだけの、辛くて苦しい恋だった。夏美はずっと、その気持ちを伝えるための言葉をしらずに、いつしかその思いは、救いようもないほど屈折したものへと、変わっていった。それが、始まりで、全てだった。

「あるよ」

 夏美は答えた。答えて、またずるずるとベッドの中に沈みこんでゆく。

 私も記憶をなくしたほうがよかったのかもしれない、と目を閉じたまま夏美は思った。あの車のヘッドライトが近づいてきたときにもっと強く頭をアスファルトに打ち付けてさえいればそれでよかったのだ。そう思って、夏美は自分のあまりのおろかさに泣きそうになった。痛い、と思った。胸の奥がちりちりと焙られているようで、苦しかった。

 そのうちに眠ってしまったのだろう。空が赤いと思って目を覚ましたら、やはり窓から茜色の小さな空が、薄く赤く差し込んでいて、窓際に寄りかかる少年の姿を、黒くはっきり映し出していた。

「・・・秋人」
「ああ、起きたんだ、夏美」

 秋人は言った。暫く空を眺めた後に、秋人はまるで何かのいいわけでもするかのように、夕陽が、あんまり綺麗だから、と呟いた。夏美は頷いた。その声が、その仕草が、まるであの頃に戻ったみたいだ、とほんの一瞬夏美は思った。

「いつからきてたの?」
「少し前だよ、いや、ぐっすり眠ってたから」
「起こしてくれても、よかったんだよ」

 ああ、そんな言葉ではなかったのだ、と思っていた。私が今言わなければいけない言葉は、そんなちんけで在り来たりなものでは、決してないのだ。夏美は、病室の窓に凭れ掛かる少年の姿をじっと見ていた。もう、むなしい仮定を繰り返すことにも、疲れてしまった。もとより、そんな言葉を夏美が知っていたのなら、こんなことにはならなかったのだから。

「学校じゃあ、そろそろ期末試験なの?」
「ああ。もう一週間前に入ってるよ。クラブももう無いし」
「ああ、だからこんな時間にこれたのか」
「夏美は、テストはどういう扱いになるのかな」
「さぁ、下手すると留年とかも、ありかもね」
「じゃあそうなったら、夏美は俺の後輩になるわけだ」
「なんかちょっと、それは嫌だなぁ」

 夏美が言うと、秋人は声を立てて、笑った。夏美も釣られて、秋人が今風の私服なんかをさらっときこなして、キャンパスの中を闊歩している姿なんかを想像して、噴き出してしまった。目の前にいるこの幼馴染も、自分も、そのうち大学生になり、いつかは社会人になるのだという、その何とも当たり前なことを、今の今まで忘れていたような気になって、たまらなく不思議に思えてきた。

 暫くすると会話が途切れて、まるでそのタイミングを計っていたかのように、セミがじりじりと一音節だけ静かに鳴いた。夏見は、窓の外でゆっくりと暮れていく空に目をやった。風が吹いて伝線が揺れて、そこに留まっていた二匹の鳥たちが、驚いたように飛び立っていった。

「夏が来るね」

 夏美は呟いた。秋人は頷いて、

「そうだな、夏が来て、夏が終わったら、クラブも引退して、俺たちは本格的に受験生だな」
「うん。また受験が、来るんだね。私たちも大学生に、なるんだね」

 実感はまだまだ湧いてこなかった。「あの時」の延長に今があって、自分の上にも秋人の上にも、等しい年月が流れたのだということを、これほどまでに強く意識したことがあっただろうか。ああ、月日は流れるのだ、人は変わってしまうのだ、と夏見は思った。そのことが少しだけ、悲しくもあった。

「なぁ、夏美」

 秋人が夏見の名を呼んだ。彼は夏見のベッドの傍まで歩いてくると、そこにあったパイプイスに腰を下ろした。

「どうして、あの時キスなんか、したんだ」

 秋人は、真っ直ぐ夏美のことを見つめていた。思いかけず、真剣な表情がそこにはあって、それは夏美に諦めにも似たある一つの感情を抱かせた。夏美は黙したままで目を閉じた。いつかは必ず、こんなときが来ることを知っていたのだ。逃げていたとしても、いつかは秋人と真正面から向き合わないといけない日が来ることを、知っていたのだ。

 夏見は、息を吐き出した。

「聞かないほうが、いいと思うよ。聞いたら絶対、情けなくて、秋人、死んじゃいたくなるよ」

 それだけ言うと、夏見は精一杯の笑顔を装って、笑ってみた。けれど、あの子のように上手くはいかなくて、そのことが尚更惨めに思えた。ああ、なんて私は不器用なのだろう。もういいや、と諦めたなら、そこに光はあることは明白で、余計にそのことが悲しかった。

「諦められなかったんだもん。辛かった。苦しかった。祥子には多分、嫉妬してた。秋人にも、多分嫉妬してた。ただそれだけだよ。理由なんて、ないんだよ」

 早口で言った。それだけ言って、口を閉じた。夏美は、もう今にも泣き出したい気分になった。静かな、音のない沈黙を、痛く思った。

「夏美・・・」

 彼が、私の名を呼んだ。目を開いて、振り向けば、底には懐かしい彼の姿がちゃんとあった。私は絶対に、この人のことを忘れることはできないだろう、と夏美は思った。強く思った。

 

そして、夏美は秋人の腕が背中に回されるのを感じて、自分が秋人に抱き寄せられたのだということに、気付いた。視線が合った。夏美が目を閉じて、秋人が夏美の唇と自分のそれとを、重ね合わせた。

 それは、永遠のような、一瞬だった。

 どちらからともなく、体が離れた。秋人は立ち上がって、再び窓際まで行ってしまった。夏美には、夕陽に照らされた秋人の横顔だけが、見えていた。

「夏美のことが好きだったよ。生意気で、自分勝手で、でも時々、すごく素直で、優しくて。夏美のことが、ずっと好きだったよ」

 秋人のその言葉が、夏美にはたまらなく悲しかった。思わず目から涙が流れて、あふれ出た涙は止まることも知らず次から次へとあふれ出してきた。過去形で語られた秋人の言葉が心の奥に突き刺さって、何もできなかった自分の不甲斐なさが、身を裂くほどに苦しかった。

 後悔した。まるであの頃の自分たちに戻ったみたいだ、なんて一瞬たりとも思ってしまった自分自身を呪い殺してしまいたいほどに、後悔していた。どうしてそんなことを思ってしまったのだろうか。どう足掻いたって、決してあの頃には戻れないのに、その事だって、ちゃんとわかっていたというのに。それなのに、どうして。辛くなる、苦しさがばかりが、募っていく。

 今、願いが一つだけ叶うとしたら、もう決して迷いはしない、あの頃に戻って、あの日いえなかった言葉を彼に言うのだ。「好きです」とちゃんと伝えるのだ。

「ごめんな、言えなかった。どうしても、プライドとか気恥ずかしさとか、いろいろなものが邪魔して、どうしても言えなかった。だから、ごめん」
「そんなこと・・・」

 夏美はごしごしと目を擦った。こんなことぐらいで泣くなんて、全然梶谷夏美らしくない。それなのに、どうしても絞り出した声は、涙で濡れてしまうのだった。

 彼が振り向く。その一瞬で、夏美は悟る。すべて終わってしまったのだということを。秋人の真剣な眼差しの先に、夏美はその気配を、感じ取った。

「もう戻ろう。明日からはちゃんと、俺は俺の日常に。夏美は、夏美の日常に」
「うん・・・」

 夏美は、頷いた。

「戻れるかな、ちゃんと」

 秋人は、その言葉には頷かなかった。ただ黙って、そこにある世界を夕陽の赤を、眺めているのだった。

――明日からは、ちゃんと・・・

 そう言ったときの秋人の言葉が、夏美の中では繰り返されていた。夏美はそっと目を閉じた。今まで秋人と過ごしてきたたくさんの時間が、たくさんの思い出が、走馬灯のように駆け巡っては、消えた。もう、この記憶の中に、新しい思い出が加わることは無いのだ、と思ったら、また新しい涙がこぼれた。泣くものか、と唇をかんだ決意はかくもあっさり突き崩されて、夏見はまた、静かに涙を流すのだった。

「そろそろ帰るよ。早く、怪我を治して、学校にちゃんと来るんだぞ」

 夏美は頷いた。再び口を開けば、何か言わなくても良いことをいってしまいそうな気がしたから、夏美はずっと黙していた。秋人は、「じゃあな」と言って、夏美の病室を後にした。部屋を出るとき、最後にこちらを振り向いた秋人の視線が、夏美の心に突き刺さった。

 ばいばい、秋人。夏美は、全てに別れを告げた。もう、会わないよ。もう、会うことは無いんだよ、秋人。保健室にだって、もう呼び出さないからね。もう会わない。もう会えないんだよ、秋人。

 そう思った。なんとも悲しみに耐えられそうに無くなって、夏美は、嗚咽を漏らしていた。暫くは、そんな風にして泣きつづけた。

 ああ、ヒグラシの声がする。夏が来るのだ。もうそこまで、それは近づいてきているのだと、夏美は思った。

 窓の向こうに夕陽が沈んで、また新しい一日がやってくる。


 エピローグ♪

 翳り始めた雲から、とうとう耐え切れなくなった雨の雫が一つ、また一つ、と落ち始めた。

「あ、雨だ。ねぇ、夏美、どうしよう。雨が降ってきたよ」

 少年は、前を行く少女に向かって、叫んだ。

「・・・ほんとだ」

 少女は立ち止まった。手のひらを開くと、そこにポツリポツリと雨を感じた。後ろを振り返ると、背負っていたリュックサックを下ろして、がさごそ、と中を探っている少年の姿があった。

「何してんの?」
「えと、傘。折りたたみのやつ。確かに入れたはずなんだけど・・・」

 あ、あった。と言って少年はリュックサックの中から小さな青紫の折り畳み傘を取り出して、パッと開いた。

「おいでよ、夏美。入れたげる」
「・・・いらない」
「なんでさ。雨に濡れたら、風邪引くぞ」
「引いたって良いもん」

 少女はそう言うと、少年を置いて一人ですたすたと歩いていってしまおうとした。少年は手元の傘をぼんやりと見て、しぶしぶと言った感じでそれを畳んだ。傘をリュックの中に放り込み、慌てて少女の後を追う。

「待ってよ、夏美。どこ行くんだよ」
「知らない。どっか。だいたい、この近くで綺麗な夕陽が見れるって言ったの、秋人じゃん」
「そうだけど、迷っちゃったし。ねぇ、もう帰ろう。雨も降ってきたし、多分もうすぐ日も暮れるし」

 少女は何も答えずに、立ち止まることもしなかった。少年は少女を説得することを諦めて、ただ黙って少女の後につき従うだけだった。こんな雨の日に夕陽なんて見られるはずもないというのに、それを口にすることさえただなんとも億劫だった。

 そのうち、空が不穏な黒色を孕み始めて、さっきまでの雨はたちまちのうちに土砂降りになった。遠くのほうで雷鳴が響き、空が一瞬白く染まった。少年と少女はそばにあった大木の下に逃げるように転がり込んで、雨止みを待った。空が深い、と少年は思う。ひょっとするとこの雨は、降り止むということを知らないのではないか、と不安を感じた。

「すごい雨だね」

 少しでもその不安をごまかすために、少年はそう呟いた。少女は口を真一文字に結んで、さっきからずっと黙ったままだ。きっと、彼女は疲れているのだ、と少年は思う。ざーざーいう雨の音。音のない、沈黙。少女の前髪が雨に濡れて、額に張り付いているのが目に入った。そんな些細なことばかり、覚えている。

 そして、暫くすると降り続いていた雨も、止んだ。夏の夕立特有の、妙にあっさりとした引き際のよさだった。

「止んだね、雨」
「・・・うん」
「行こっか」
「・・・うん」

 そして、二人はまた歩き出す。

 暗雲が去って、さっきまでの飴がまるで嘘のような朱色の空が二人の頭上には広がっている。少年に手首に巻いた腕時計に目をやった。六時四十三分。多分、もうじき日が暮れる。

「あ、秋人」

 その時、少女が少年の名を呼んだ。下ばかり見て歩いていた少年は、顔を上げる。

 視界の先で、森が割れていた。

 少女が走り出した。少年もまた、何度も転びそうになりながら、走った。

 視界が開けた。森が終わって、小高い丘のような場所に出たのだった。

「すごいね」

 少女の隣に立って、少年は呟く。

「うん」

 少女も、素直に頷いた。

 原色よりも美しい赤が、そこにはあった。少女の横顔を黄色く染めて、輝いていた。

「あ、あれ、僕らの町じゃない?」
「あ・・・、ほんとだ。随分遠くまで来たつもりだったけど、意外と近くだったんだ」

 少年は思う。ただ単純に、ここに来られてよかった、と。そう呟いたとき、少女が何気なくこちらを向いて、何気なく、笑った。この笑顔が見られて、よかった、と少年は思ったのだった。




 こうして、二人のささやかな冒険の、幕は下りた。

(END)
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by sinsekaiheto | 2007-09-02 08:55