あなたと出会わなかったら・・・(7)
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電話の、ベルが鳴り響く。
不吉な音だ。
私と、彼のとの仲を裂く、不吉なベルの音だった。
あなたと出会わなかったら・・・。
* *
姉に、牛乳パックを買って来い、と家を追い出された。
僕は、近くにあったコンビニエンスストアまで走り、牛乳とインスタントのラーメンをいくつか買った。家には、今は姉しかいない。両親は、結婚記念日の旅行だとかのたまって、朝から、どこかへ行ってしまった。
清々しい朝だった。空は透き通るほどに青く、風は、ひんやりと気持ちがよかった。
そのときの光景が、ずっと瞼に焼き付いている。
コンビニから出てきたところにある道路を、まだ六歳くらいの小さな子供が、渡ろうとしているところだった。
横からは、大型のトラックが、ものすごいスピードで、走って来ていた。
危ない!と思う暇もなかった。思うよりも先に、体のほうが動き出していた。
急ブレーキの音が聞こえた。長く尾を引くクラクションが、響いた。
悲鳴が、聞こえた。突き飛ばした子供の、驚きに染まった泣きそうな顔。
そして、世界から、音が消えた。
引き伸ばされたかのように、すべてがスローモーションで、流れ出した。
体に衝撃を感じて、あ、と思う暇もなく、僕は空中に放り投げられていた。
がすん、と体がアスファルトに叩きつけられて・・・。
空が見えた。どこまでも透き通っていきそうな、そんな空だった。
なぜか、君の顔が頭に浮かんだ。泣き出してしまう前、あの頃の君がよく見せていた、あのくしゃりと歪んだ、笑顔だった。
* *
「ねぇ、真央!どうしよう、どうしよう。勇気が、勇気が」
ベルの音が、どうしようもなく、鳴り響いていた。
「真央!まおっっっっ」
受話器の向こうで、美紀が泣きじゃくる声が、聞こえていた。
「美紀・・・、どうしたの・・・?」
聞きたくは、なかったよ。その言葉を言ってしまうと、今まで止まってくれていたものたちが、猛スピードで動き出してしまいそうだったから。
ねぇ、何であんな夢を見たのかな。勇気。私、わかんないよ。あんたの気持ちも、あんたが、考えてることも。全部、わかんなくなっちゃったよ。
あの日見た夕陽の美しさは、まだ私の胸の中にしまってあるというのに、どうしても、彼の笑顔だけが、思い出せない。
「勇気が、勇気が、死んじゃったよー」
私は、その時、どうしたのだろう。
がたん、と天地がひっくり返ったような気になって、文字通り頭が真っ白で。
私の手から、受話器が地球に吸い込まれるように、落ちていった。
受話器が床にぶつかる、がつん、という硬い音が、聞こえた。
何も、考えることはできなかった。私は、ただただ呆然と、壁に貼り付けてあったカレンダーを眺めていた。
嘘だ。ユウキガシンデシマッタダナンテ、ソンナコトハ、ウソダ。
私の頭は誤変換で固まってしまったパソコンみたいに、動かなくなってしまった。
涙は、出なかった。実感も、何も、なかったのだ。
あと、五日で、彼の十六歳のたんじょうびだったのに・・・。
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by sinsekaiheto | 2007-02-09 05:36